言葉と旋律

小説/漫画/映画/アニメ/ゲーム

何故そこまでして生きるの?

なんで人間は生きるんだろう?死を忌避するのは何故なんだろう。死ぬことほど楽なことはないのに。

 

 

俺は最近生きていてあまり楽しくない。

 

そりゃゲームしたり読書したり友達とでかけたりなりしているときは楽しさを感じるけれど、所詮それはその場しのぎでしかない。

 

今はまだ働いていないからいいけれど、このままモラトリアム期間が終わって働くことになったら面倒くさくて死んでしまうかもしれない。

 

人間が生きるのには食べ物がいる。食べ物を得るにはお金が必要だ。それに俺は現代っ子なのでお風呂にも入りたいし、衣服や住居などももちろん必要と生きるのにはなにかとお金がかかる。

 

 

 

そこで人間はお金を得るために働くのだ。

 

人間が働くのはお金を得るためだ。働くのが楽しいとかいう俺からしたら異邦人みたいな存在もいるけれど、少なくとも俺にとって働くというのはお金を得る手段でしかない。

 

でも、それって意味あるのか?

 

生きるためには働かなくちゃいけない。働くのなんて面倒くさくて嫌でしかないのにみな働いているのは、俺が思うに生きることになんらかの楽しさを感じているからだ。要するにご褒美みたいなもんがあるってことだ。

 

しかし、俺にはそんなもんがない。あと数年もして働くことになったとして、おそらく俺は食べて寝るだけで何も楽しくない。ご褒美なんてもんは俺には存在しないのだ。それなのに働かなくちゃいけない。

 

そう考えると俺はやはりさっさと死ぬべきなのかもしれん。

 

 

言ってしまえば、俺がこの先、数十年働くというのは植物状態の人間を必死に延命しているようなもので、それほどまでに無意味なことはないだろう。

 

 

働くのって面倒くさい。でも生きるためには働かなくてはいけない。生きるのって面倒くさい。ああ、憂鬱だ。

 

やはりさっさと死のう。うん。

エロゲと小説のお話

今回するのはエロゲの文章を小説と比較しても無意味というお話。

私が以前twitter上で見た発言。(半年くらい前だからうろ覚えなのだけれど)


「さくさくは本当につまらないからやる価値がない。これよりいい小説はいくらでもある(いくらでもあるからそっち読んだ方がいいと言っているわけね)」



さくさくというのは恋がさくころ桜どきというエロゲのこと。

この発言を見てうーんそれは違くないか?と思ったわけよ。

ちなみに私はこのエロゲを体験版しかやってないから評価できないのだけれど、体験版やった感じでは先ほど述べられていたようにくそつまらないというのが私の見解。だから別にこのゲームを擁護するわけではないのであしからず。

何が違うかと言うとエロゲの文章と小説を比べていること。

あたりまえのことだけれど、エロゲは小説ではない。

だから、小説を評価する基準で評価することは出来ない。

もちろんエロゲの文章にもエロゲの文章なりの巧拙はあるでしょう。

しかし、その基準は小説の基準と同一ではないということですね。有体に言えば。

エロゲの文章はあくまでも映像や音楽、ゲーム要素といったものと組み合わせるのを前提とした文章。

だからそこからエロゲの文章だけを抜き出して上手いの下手だの、ましてや小説と比べるだなんて無意味だと私は言いたいのだよね。

もちろん例外はある。いくらか修正を加えれば、そのまま小説として通用してしまうような文章を書くエロゲライターもいないわけではない。

じゃあそれが正解なのかというとそれはまた別の話で、文章としては劣っていても他の要素で補完されることで優れたものになることもあるからだ。

だからエロゲと小説を同列に扱って優劣を決めるなんて間違っているんじゃないかなあ。

少なくとも私はそう思ってますよ!